「地衣類の地位向上」をゴールデンタイムのテレビ出演で果たす

島田草太朗. 2025. ライケン23: 50-51.

 「卒業式出るんですか?」
京都大学卒業式の22日前,知人の芸大生に訊かれた.
 「出ないつもりです.コスプレを作れれば別ですが.」
 「コスプレするなら?」
 「地衣類・・・,テレビのインタビューで『地衣類です』と言いたいです.」
 「私が作っても良いですか?」
このような会話だった.
 もちろん「是非」と即答したのだが,調子に乗って注文を加えてしまう.
 「アンモナイトとしっぽも付けて欲しい.」
アンモナイトは研究対象,しっぽは「しっぽ学」も推しの学問だからだ.しかし,この注文を卒業式直前まで後悔する.しっぽと頭に被る大きなアンモナイトの製作が予想より難航し,地衣類の製作が追いつかなくなったのだ.全て任せるのは申し訳ない上,「地衣類らしい見た目」を伝えるのは難しい.地衣類に関する飾りは全て自分で作ることになった.
 10年ぶりの裁縫に苦戦しつつも,卒業式の朝まで作業してなんとかウメノキゴケらしい感じにシワのついた布を9枚作った.だが「地味なベルサイユの薔薇」とコメントされた.誰も「ベルサイユの地衣」とも思わない.そこで前夜,A4を3枚繋ぎ「地衣類の地位向上」と書かれたゼッケンを作り間に合わせた.お尻のしっぽを固定するための紙テープにもひっそり「地衣かわ!!」と記し,ポッケからは地衣類ハンドブックに顔を出させ「地衣類って?」と訊かれたら瞬時に取り出せるように備えた(図1).
 そうして卒業式に出席した.テレビに捕まえられる自信はあった.しかしカメラは私以外ばかり撮っていた.何故誰が着ようと同じであろうキャラクターのコスプレがウケるのか正直理解できない.私は私にしかできない格好をしているというのに!
 諦めて去る道中だった.テレビにしては質素な装備で小さめのカメラを独り抱えた人物に声をかけられた.それからはテレビ東京で放送された「家,ついて行ってイイですか?」のままの展開である.結局大きなアンモナイトのおかげで声を掛けられ「アンモナイト男」として最速で放送に至った.「地衣類男」では放送されなかっただろう.「地衣類って何ですか?」と三度ほど訊かれ,その度に懸命に説明したが,理解されぬまま4時間の取材は終わった.
 「地衣類」という言葉は放送されないかと思ったが,彼は地衣類に理解はなくても私には理解を示し,断片的だがほとんどの話題を網羅して放送させていた.目的を上回り,ゴールデンタイムに「地衣類」の言葉を流すことができたのである.
 放送では「生き物の形を理解したい,その道具としての数学を発展させたい!」と語った.そして,この4月からは大学院で数学の研究をしている.特に惹かれているのはアンモナイト縫合線の形と地衣類の形だ.前者はより具体的な問題で,修論にするつもりだ.アンモナイト縫合線の三億五千万年かけた複雑化は,ある種一方向的進化であり,一つのパラメーターで大体説明が着くと予想する.だが後者はまだ漠然としていて,先ずは前者と同様にして,地衣類の形の多次元的な多様性から一次元的要素を抽象する方向かと思う.ややこしそうなだけ魅力的だ.
 『形の数だけ生き方がある』『形のバラツキ方の数だけ生き方がある』『形から地衣類の生き方を少しでも明らかにしたい』・・・心に溢れる思いがある.だが私の専門は生物学ではなく数学であり,数学の発展を求める.地衣類の形に挑む中で,生命現象をうまいこと言語化するのに役立つ言葉を,数学の中の新たな表現を,生み出していきたい.テレビで曝した野心に向け精進し,次出演したら今度こそ地衣類を大々的に押し出したい.


図1.京都大学卒業式での筆者のコスプレ.