バンダイキノリは食べられている 吉田考造 ライケン:6(2): 3-4, 1986.

最近,青森県立郷土館で蘚類を研究なさっている柿崎敬一氏から,サルオガセ料のバンダイキノリ(Sulcaria sulcata)につ いて,興味ある情報が寄せられました。青森県のある地方では,この地衣が「バンジャム」と呼ばれ,実際に,食べられていたり,漢方薬にも利用されていると のことでした。また,ある蛾の食草にもなっているらしいとのことでもありました。この興味ある情報の,そもそもの発端は青森県南津軽郡平賀町の町役場に勤 める一戸清志氏から柿崎氏のもとへ,そして,さらに私のもとへ,ある蛾の食草となっている「バンジャム」なる地衣が送られてきたことによります。

蛾の食草「パンジャムゴケ」
青森県内で,一戸氏同様,昆虫を研究なさっておられる阿部東氏はコケエダシャク(蛾)の食草として「バンジャムゴケ」を報告しています(ニューサイエン ス社:昆虫と自然,14(14):20,1979)。その蛾の食草としての初記録の他に,さらに,阿部氏は次のようなことも書いておられます。「バンジャ ムゴケ」は,当青森県地方では500m以上の高山部に発生し,ブナその他の広葉樹の幹や枝に着生する地衣の一種で,“バンジャム”と呼ばれ,食用に供され ている。3月の降雪の期間に積雪を利用し採り,動脈硬化症の薬としても用いられている。

私の体験
イワタケ(Umbilicaria esculenta)で代表されるような,食べられる地衣については,私自身,たいへん関心をもって おりました。ずっと以前ではありますが,黒川逍先生から,イワタケ同様,バンダイキノりも食べられる地衣と聞いておりました。先生自身,実際に食べられた かどうかは定かではありませんが,また,詳しいことは知らないとの注釈付ではありましたが,山形の月山付近で実際に食されているらしいとのことでした。こ の話を聞いた時点で.さつそく,天ぷらで食べてみましたが,決して美味いとは言い難い苦い代物だったと記憶しております。天ぷらにすればたいていの山菜は 食べられるという短絡的思考だったわけです。二度と口にしてみようとは思わなかった,このバンダイキノリが実際に食べられていると聞いて再度,興味をも ち,柿崎氏を煩わして調べてみることになったわけです。

食べられているバンダイキノリ
(1)呼称
青森県では「バンジャムゴケ」あるいは,単に「バンジャム」と呼ばれていて,「バンダイキノリ」なる和名はほとんど使われていないのではないかと思われ ます。なお,この名前の由来については不明であることなので,また,和名についてもその由来がはっきりしませんので,どなたか,もし知っている方がおいで になれば御教示願いたいものです。
(2)食べている地域
青森県南津軽郡平賀町の山間集落一帯(葛川,切明,温川の3地区)。これらの地区の人たちは十和田湖の西部にある外輪山・御鼻部山付近から採取して食べ ているが.山菜ほどではないとのことでした。お年寄ばかりでなく若い人でも「バンジャム」のことは知っており,大部分の人たちが食べた経験もあるというこ とから.イワタケなみの利用度,あるいは,それ以上かも知れません。
(3)食べ方
ア).苦味と臭いをとるために,米のとぎ汁に一昼夜ほど漬けてアクぬきをする。
イ).アクぬきをした後で,水で洗いながらゴミや付着している木の皮などを取り除く。
ウ).きれいになった「バンジャム」を数分間茹でて.その後で調理する。
エ).調理例として,三杯酢やクルミ又はゴマミソなどのあえ物を挙げていました。また,みそ汁の具にも利用できるが,私の体験した天ぷらは一般的ではない とのことでした。なお,柿崎氏自身も三杯酢で試食なされ,海藻の味がして,とても珍味であったとの感想を述べています。近いうちに,私もこの調理方法で, 再度,食べてみるつもりです。

漢方薬のエキス
バンダイキノリは「バンジャム」と呼ばれ,直接,ロにされる他に漢方薬のエキスとしても利用されています。阿部氏が述べている「動脈硬化症の薬」の効能 はともかくも「現代人の半健康状態は酵素のバランスのくずれから」というキャッチフレーズの『トーホー酵素』なる植物性複合エキスが販売されております (製造発売元:東峰酵素研究所,青森県南津軽郡平賀町大字本町字平野50の11)。この複合濃縮液のエキスの一つに「バンジャム」が加えられています。 「バンジャム」のエキスが何であるかは知る由もありませんが,ちなみに,この「バンジャム」なる「バンタイキノリ」の地衣成分はアトラノリンとプソローム 酸で,他に,リケナン(=リケニン)なる多糖体も含んでいます。
最後に,文頭でも紹介いたしました青森県立郷土館の柿崎敬一氏には情報提供から資料集めまで,たいへん御世話になりました。ここに,お札を申し上げま す。なお,バンタイキノリを実際に利用している地方は青森県ばかりでなく,“月山特産” ということで山形県でも現物が売られているとのことです。また, 一般向けの図書などもあるということでしたが,いずれにしても,現時点では,詳しいことはほとんどわかっておりません。全国各地での利用状況についても同 様です。これをきっかけに,山形県の“月山特産”を含めて,各地からの投稿を期待しております。