食べられる地衣類は? 大村嘉人 [ライケン13(3): 6-9, 2003より]

 「食べられる地衣類はありますか?」という質問は,あまりにもよく聞くものであるが,食用地衣類として挙げることができるものは案外少ないように思う。日本ではイワタケ(Umbilicaria esculenta)が古くから食用にされており,世界的にも有名であることはご周知の通りであろう。本誌では,この他に食べられる地衣類としてバンダイキノリ(Sulcaria sulcata),カブトゴケモドキ(Lobaria kurokawae)などが話題に上り,お茶や香辛料などに利用されている地衣類[ムシゴケ(Thamnolia vermicularis),ウメノキゴケ(Parmotrema tinctorum)など]についても紹介されてきた(吉田1986,原田1995,樋口1996,黒川1996,1998,岡本1999)。中国ではイワタケやカブトゴケモドキだけでなく様々な種類が市場に並ぶそうだが,日本では食用地衣類が商品として売られるのはお土産店ぐらいではないだろうか。このように食用地衣類は世間ではあまり一般的でない上に,“山菜”としてのステータスもほとんど築かれていないのが現状である。一方,キノコファンの間では,食べられるキノコ,食べられないキノコについての情報交換が非常に活発で,書店に行けばその関係の本がずらっと並んでいるし,同好会も数多く存在すると聞く。そのような本を見て,「毒キノコを食べてしまうかもしれないのに,どうしてそんなに食べたいのか?」と疑問に思う時もあるのだが,富士山に出かけた時に,採ったばかりのキノコを鍋にして食べている人達の様子を見たら,私も唾を飲み込んで,何となく気持ちが分かった気がしたのであった。

さて,地衣類の方であるが,食べられる地衣類数種の話題は何回か本誌にも紹介された通りであるが,その他の地衣類の情報はほとんどない。つまり,“こんな地衣類を食べました”という情報交換がないために地衣類の食文化は停滞したままである!このような文化を発展させる意義がどれほどあるのかについては謎であるが,「この種は結構いける」という情報はもとより,「この種類を食べたが,まずかった」とか「腹をこわしました」という情報でも大変貴重であるように思うのは私だけであろうか。

そもそも,地衣類というものはキノコと違って見た目に食欲をそそるような代物ではない。特に粉芽や裂芽を持つ種類は,何となくクシャミを誘発しそうな気がするし,食感もモサモサしていそうな気がして,無理でもしなければ食べる気は全く起こらない。そこをあえて,「食べてみよう」と思った“すばらしきキノコたち”の斎藤氏には尊敬の念さえ覚えてしまう。斎藤氏は大変ご熱心な菌類学のアマチュアで,ご自身のホームページには1000種以上もの画像が掲載されている。斎藤氏のホームページは多くの菌類ファンが訪れる人気のサイトである。私もときどき閲覧して掲示板に書き込んだりしていたのがきっかけで,以下に紹介する面白い話題を聞かせて頂いた。

写真1.辛苦いヨコワサルオガセ(左)と温和な味のフジサルオガセ(右)。(乾燥すると味がほとんどしない)。斎藤氏撮影。2001年4月,南アルプス・観音岳付近。

  事の始まりは,写真1に示したサルオガセについて斎藤氏から尋ねられたことによる。「この2つは両方ともサルオガセの仲間だと思うのですが,枝分かれの仕方が違うようです。あと、噛んでみたときの味が異なります。左は辛苦口、右は温和な味です」。写真で判断すると左はヨコワサルオガセ(Usnea diffracta)で右はフジサルオガセ(U. trichodeoides)のようであった。私はサルオガセの分類を専門としているが,サルオガセを口にしたのはミャンマーの市場で売られていたというナヨナヨサルオガセ(U. himalayana,日本にも分布している)をお茶にして飲んだぐらいで,その他のサルオガセの味など知る由もなかった。さらに,斎藤氏は「普通のサルオガセ100本でお茶を作ったとして,そのうち,2,3本でもヨコワサルオガセが混じっていようものなら,すぐに分かってしまうほど強烈な味です」と続けた。そんなにすごいものかと,手元にあるヨコワサルオガセの標本を噛んでみたのだが,無味であった。・・・乾燥標本ではいけないのだろうか?確かに生薬は古くなると風味がなくなってくるから新鮮なものでなければ味は分からないかもしれない。ともかく,機会があったら私も新鮮なヨコワサルオガセを味わってみようと思っているところである。一方,フジサルオガセにはサラチン酸を主成分とする化学変異株とフマールプロトセトラール酸を主成分とする化学変異株があるが(Ohmura 2001),後で述べるようにフマールプロトセトラール酸には苦みがあるので,この写真のフジサルオガセはおそらくサラチン酸の株であると思われる。

写真2.調理中のサルオガセ.こんなに食べて腹は大丈夫だろうか・・・。斎藤氏撮影。2001年4月,南アルプス・観音岳付近。

 サルオガセの食体験についてであるが,斎藤氏によると「温和な味と書きましたが,喩えてみれば“海藻でダシをとったような味”です。山と渓谷社“きのこ・山菜フィールド日記”という本では,サルオガセとバンダイキノリが,山菜の一種として紹介されていたので,いけるかなと思ったんです。サルオガセの調理はチゲ鍋やワカメスープに入れたり,ジャコふりかけと一緒に炒めたりして食べました(これはまずかった)。食感はかなりシャキシャキしていました。しかし,噛み切れなかったり,喉につかえたりということは,なかったです。」とのことであった。私もヨコワサルオガセやフルイサルオガセ(Usnea merrillii),U. pygmoideaの標本で食感を確かめてみたところ,マツタケのようなシャキシャキした歯応えがあり,調理法次第では珍味になるかなとも思った。もっとも,このシャキシャキ感はサルオガセの中軸からきているものなので,糸を噛んでいるような物足りなさがあることはやむを得ないだろう。写真2には斎藤氏がサルオガセを食べた時の調理風景が写されているが,この量たるや凄まじいものを感じてしまう。こんなに食べて腹を壊さなかったのかと心配してしまうが,斎藤氏一行はどうやら無事のようであった。さらに,斎藤氏は「ウメノキゴケでお茶を作ったときにも同じような“海藻でダシをとったような味”がしました。」と付け加えられた。海藻で思い出したのだが,本誌で食用バンダイキノリの話題が紹介されたときに,バンダイキノリを三杯酢で食べたら“海藻の味”がすると記されている(吉田 1986)。“海藻の味”といってどの海藻のどんな味なのかすぐに想像できないが,共通してその喩えが出てくるのは面白い。

  地衣類の味について,これまでの私の経験や人から聞いた情報,文献情報をもとにして大別してみると,この“海藻の味”の他に,“ほんのり甘い”,“苦い”,“無味”という4タイプがありそうである。では,どの地衣類がどんな味をしているのか?また,それらはどのようにして食用として利用可能なのか?表1に日本産地衣類の食用情報について,用途,味・食感,調理法などについてまとめてみた。配列順は用途別に利用価値のありそうなものから順に並べた。なお,外国で食べられている日本との共通種についての情報も加えた。お茶に関しては,中国で薬用として用いられているものを含めればもっと色々とありそうであるが,薬用となるとあまりいい加減なことは書けないので,そちらの情報については高木(1984)などを参考にされたい。また,食用ではないが味を体験してみた地衣類も併せて掲載した。余談であるが,私はヒメトリハダゴケ(Pertusaria commutata)のセンブリのような苦みは結構気に入っていて,野外で見つけると地衣体をちょっと削って苦みを楽しんでいる。この苦みはピクロリケニン酸という地衣成分が正体のようで,味の違いを利用すれば形態的に酷似するオオカノコゴケ(P. multipuncta)から本種を野外でも容易に区別できる。この他にもフマールプロトセトラール酸を主成分とする種には苦みがあることが知られている(Hale 1983)。かつての地衣学の先達はこの成分を含むハナゴケ類などで類似の種から区別するために地衣体を噛んで味を確かめたとされているが,呈色反応や地衣成分検出法が一般的になって以来,味で種を区別する方法は一般的ではなくなったようだ。さて,こうして食用地衣類情報を表に列挙してみると,地衣類の食文化はまだまだ随分と奥が深そうな印象を受ける。表に挙げている種と同じ属の同じ地衣成分を持つ種は,おそらく同様な調理法で同じような味・食感が得られるのではないかと思われる。そうやって考えると“食用地衣類”の種類は今後も増えそうで,これからの情報に期待したいところである。調理方法については,吉田(1986)で紹介された方法を試してみるのが無難であろう。すなわち,「一昼夜ほどアク抜きをし,水洗いしながらゴミを取り除き,数分間茹でて,その後調理に用いる」というものである。山菜料理の基本でもあるが,苦みやエゴさを取り除くために,やはりアク抜きは必須であろう。

表に挙げた地衣類の中で,私が一番気になっているのは実は“地衣煙草”である。私は「サルオガセ吸煙記」を書かれた辻井達一先生とは面識はないが,世界でも煙草としての地衣類の利用を少なくとも私は聞いたことがないだけに辻井先生のパイオニア的な行為には敬服してしまう。サルオガセに苦いものとほんのり甘いものがあることが分かった今,辻井先生にはナヨナヨサルオガセの吸煙をお薦めしたい。ナヨナヨサルオガセは地衣体の皮層が薄くて中軸が細いので,乾燥させれば程良く燃えそうである。私はパイプ煙草をやらないのだが,このナヨナヨサルオガセを詰めて吸えば,辻井先生の言われる「淡泊な味で,かすかな甘み」が味わえるのではないかと予想する。

最後に,地衣類は菌類に分類される生物群なので,キノコ同様,食べられる地衣類だけでなく,毒のある地衣類があることも忘れてはならないことを述べておく。北米や欧州,北アフリカに分布するLetharia vulpinaはオオカミを殺すのに用いられたとされ,‘オオカミゴケ(Wolf lichen)’とも呼ばれている(Purvis 2000)。また,コナハイマツゴケ(Vulpicida pinastri)やケットゴケ(Dictyonema sericeum)も毒のある地衣類として知られている(Smith 1972, Hale 1983)。さらに,スカイリンを含む種も毒性があるとの情報を黒川逍博士からご提供頂いた。人間にどの程度の害があるのか私の手元にある文献では知ることができないが,キノコ同様,場合によっては重大な結果を招くものもあることは大いにあり得る。あまり科学的な根拠はないが,鮮やかな色の地衣類や担子地衣類は避けた方が良さそうである。

物騒な事を最後に書いてしまったが,このようなことは山菜を楽しむ際には当然の心構えであるのでご理解頂けるであろう。この記事を読んで,どれくらいの方が地衣類食文化の推進に賛同してくださるか未知数であるが,私と斎藤氏は奥の深そうなこの地衣類食文化を密かに楽しもうと思っているところである。


引用文献

Brodo,I. M., Sharnoff, S. D. & Sharnoff, S. 2001.  Lichens of North America.  Yale University Press.
Hale, M. E. 1983.  The biology of lichens. 3rd Edition.  Edward Arnold.
Ohmura, Y. 2001. Taxonomic study of the genus Usnea (lichenized Ascomycetes) in Japan and Taiwan.  J. Hattori Bot. Lab. 90: 1-96.
Smith, A. L. 1921.  Lichens.  Cambridge University Press: Cambridge.
大友宏子・黒川 逍.1965. 食用地衣イワタケの利用史および利用の現況.自然科学と博物館32(1-2) 別冊,10pp.
岡本達哉.1999. 地衣に関する雑誌記事二題.ライケン11(3): 46-47.
黒川 逍.1996. 雪茶に関する追記.ライケン10(1): 12-13.
黒川 逍.1998. 地衣類の利用3題.ライケン11(1): 11-12.
佐藤正巳.1970. 地衣類の利用.遺伝24(2): 4-7.
高木典雄.1984. 丁恒山著「中国葯用ホウ子植物」の中の地衣類.ライケン5(4): 4.
辻井達一.1978.  サルオガセ吸煙記.ライケン 3(3): 3-4.
原田 浩.1995. 雲南にて(その2).ライケン9(4): 8-10.
樋口正信.1996. 中国でカブトゴケモドキを食べる.ライケン10(2): 28.
吉田考造.1986. バンダイキノリは食べられている.ライケン6(2): 3-4.