地衣類および地衣生菌の新和名Ⅱ

大村嘉人1, *・田留健介2・宮澤研人3

New Japanese Common Names for Lichens and Lichenicolous Fungi II

Yoshihito OHMURA, Kensuke TADOME and Kento MIYAZAWA

*E-mail: ohmura-y [at] kahaku.go.jp; 1国立科学博物館植物研究部; 2東京農業大学; 3筑波大学理工情報生命学術院

【大村嘉人・田留健介・宮澤研人.2023.地衣類および地衣生菌の新和名Ⅱ.ライケン22: 57–59.】 PDF

 本誌前号(大村ほか2023)において,日本産地衣類および地衣生菌の和名に関する問題点を述べた上で,いくつかの種について新和名の提唱を行った.今号では環境省「いきものログ」で指摘されている地衣類とコケ植物との同名異種,およびその他の和名についての提唱や解説について行う.なお,井上侑哉博士(国立科学博物館)および片桐知之博士(高知大学)にはコケ植物に関する文献情報の提供および本稿へのご助言を頂いた.この場を借りて御礼申し上げる.

環境省「いきものログ」の同名異種リスト(2022年版)
 同名異種(異物同名とも言う)とは種類は異なっていても同じ和名が付いている生き物のことを指す.環境省「いきものログ」では同名異種リストが公開されており,2022年版によると,コケ植物と地衣類において11分類群で名前が重複していることが指摘されている.このうち“ショクダイゴケ”は,地衣類Cladonia crispata var. crispataでは命名が1925年であったのに対して(安田1925),コケ植物の方は1960年に命名されていた(鈴木1960).このことから,吉村(1982)では,コケ植物には岩月(1972)で提唱されたオオツボゴケSplachnum ampullaceumを使うことを推奨している.また,“ヒゲゴケ科”はコケ植物Theliaceaeの和名とし,地衣類Gomphilaceaeにはヒゲチイ科を大村ほか(2023)で提唱した.残りの9分類群については,和名のルールはないので,そのまま使い続けることも可能ではある.しかし,『藻類における和名の提唱と使用に関するガイドライン』(日本藻類学会藻類和名ワーキンググループ2018)にあるように,同名異種の命名や使用は,ユーザーの混乱や誤解をもたらすため,使用は避けるべきであろう.一般の方からすると,コケ植物と地衣類の区別そのものが分かりにくいという声がある中で,和名が同じものがあるのは好ましい状況ではないと思われる.同名異種が認められた場合,『藻類における和名の提唱と使用に関するガイドライン』では,「知名度の低い和名,または後から提唱された和名の改称を提案するべきである」とされている.知名度に関しては,判断が難しい場合があると思うが,例えば,環境省レッドリスト等の公的文書で扱われているかどうかも考慮すべき点になるだろう.
 以上,いきものログに挙げられている地衣類関連の9分類群の同名異種および関連種について,公共性や先行の時期,実用性等を総合的に判断して,地衣類の新和名を表1に提唱した.
 いきものログ以外の地衣類とコケ植物の同名異種については,別の機会に意見を述べたい.なお,「地衣類はコケではないので,地衣類の○○ゴケという和名を変えるべきだ」という意見をしばしば聞くことがある.しかし,「苔」は,いわば「草」や「虫」という言い方と同じく雑多なものを含んだ言葉であり,日本の言語文化の中に定着しているものである.古くから使用されてきているウメノキゴケのような地衣類の和名を単に「コケ植物ではない」という理由だけで変更する必要はないと考える.

表1. 環境省「いきものログ」における同名異種リスト(2022年版)のうち地衣類に関係する9種の和名への処置

同名異種である和名 地衣類(上)とコケ植物(下)の学名 和名初出文献 地衣類に対する和名の処置
キツネゴケ Cladonia ochrochlora
Lesquereuxia robusta
安田(1911)
安田(1911)
キツネチイ(新称).初出文献が同じであり,地衣類・コケ植物ともに普通種である.評価は同等であるが,混乱を避けるために地衣類に新称を提唱する.
キンチャクゴケ Thelotrema nipponicum
(= Ocellularia bicavatum auct.)
Astomiopsis julacea
安田(1925)
飯柴(1929)
継続
スルメゴケ Cetraria sepincola
(= Tuckermannopsis sepincola)
Tayloria splachnoides
朝比奈(1939)
高木(1954)
スルメチイ(新称).発表年は地衣類が先行するが,コケ植物が環境省レッドリスト掲載種であり,そちらを優先した.
タカネゴケ Melanelia stygia
Lescuraea saxicola
朝比奈(1934)
飯柴(1929)
タカネチイ(新称).なお,地衣類・コケ植物とも高山の岩上に生育する.
ヒメトサカゴケ Scytinium lichenoides
(= Leptogium lichenoides)
Lophocolea minor
(= Chiloscyphus minor)
朝比奈(1933)
飯柴(1930)
ヒメトサカチイ(新称)
ヒメリボンゴケ Hypogymnia vittata
Neckeropsis gracilenta
朝比奈(1932)
桜井(1954)
ヒメリボンチイ(新称).初出文献は地衣類が先行するが,Hypogymnia hypotrypaに対してリボンチイの新称を提唱するため,本種和名も関連させた.同じ理由で,H. fujisanensisコヒメリボンチイ(新称)H. pulverataヒメリボンチイモドキ(新称)H. submundata f. submundataコナリボンチイ(新称)を提唱する.
ミヤマウロコゴケ Dermatocarpon tuzibei
Syzygiella nipponica

(= Jamesoniella autumnalis var. nipponica)
佐藤(1939)
Hattori (1943)
継続.環境省レッドリスト掲載種.
ヤリノホゴケ Cladonia coniocraea
Calliergonella cuspidata
朝比奈(1950)
安田(1911)
ヤリノホチイ(新称).安田(1925)ではヤリノホラッパゴケと命名されていたが,ラッパ形にならないことから朝比奈(1950)が改称していた.
リボンゴケ Hypogymnia hypotrypa
Neckeropsis nitidula
朝比奈(1932)
飯柴(1929)
リボンチイ(新称)

その他の地衣類・地衣生菌の新和名
Byssoloma orientale K. Miyaz. & Y. Ohmura ナガミワタヘリゴケ(新称)
 これまで国内で報告されているワタヘリゴケ属の中で,最も縦長な18.3–49.2 μmで,かつ最も多い7–17隔壁をもつ子嚢胞子を産生する(Miyazawa & Ohmura 2023b).和名はその特徴に由来する.
Muellerella lichenicola (Sommerf.) D. Hawksw. ホウネンチイヤドリ(新称)
 地衣生菌.Zhurbenko et al. (2015)で報告.和名は,子嚢内に胞子が100個くらい作られることに由来.
Racoleus japonicus K. Miyaz. & Y. Ohmura イワゴケRacodium rupestre Pers. イワゴケモドキ(新称)
 埼玉県両神山の山小屋(旧:清滝小屋)の白石氏によって『イワゴケ』と呼ばれていた地衣類は,吉村(1964)によって’Racodium rupestre Pers.’と同定されていた.しかし,その両神山の個体群を含む分類群が新種のRacoleus japonicus K. Miyaz. & Y. Ohmuraであることと,それとは別に高山帯にRacodium rupestreが存在することが,Miyazawa & Ohmura (2023a)によって明らかにされた.イワゴケの和名についてはR. rupestreに紐付ける考えもあると思われるが,吉村(1964)が白石氏の通称を踏襲した点を尊重する立場から,新種のRacoleus japonicusと『イワゴケ』を紐付けるのが適切だと考える.一方,亜高山から高山帯に分布すると考えられるRacodium rupestreについては,イワゴケモドキの新称を提唱する.
Spirographa pyramidalis (Etayo) Flakus, Etayo & Miądl. ピラミッドチイヤドリ(新称)
 地衣生菌.Tadome et al. (2022)で報告.種小名の通り,和名はピラミッドのような分生子を作ることに由来.ただし,本種の分生子は正確には三角錐であり,実際のピラミッドの四角錐とは異なる.

引用文献
Hattori, S. 1943. Notulae de Hepaticis Japonicis (VI). The J. Jpn. Bot. 19: 345–356.
Miyazawa, K. & Ohmura, Y. 2023a. Racoleus japonicus sp. nov. (Teratosphaeriaceae, Ascomycota), a new sterile filamentous lichen collected from Japan. Taiwania 68: 417–424.
Miyazawa, K. & Ohmura, Y. 2023b. Byssoloma orientale (Pilocarpaceae, Ascomycota), a new species from East Asia. Lichenologist (online first).
Tadome, K., Ohmura, Y. & Chaki, M. 2022. Spirographa pyramidalis (Spirographaceae, Ascomycota), a lichenicolous fungus, new to Japan. J. Jpn. Bot. 97: 212–215.
Zhurbenko, M. P., Frisch, A., Ohmura, Y. & Thor, G. 2015. Lichenicolous fungi from Japan and Korea: new species, new records and a first synopsis for Japan. Herzogia 28: 762−789.
朝比奈泰彦.1932.蕾軒獨語(其四十五).植物研究雑誌8: 409–410.
朝比奈泰彦.1933.蕾軒獨語(其五十).植物研究雑誌8: 409–410.
朝比奈泰彦.1934.日本産セトラリア属地衣目録(其一).植物研究雑誌10: 414–423.
朝比奈泰彦(編).1939.日本隠花植物図鑑.三省堂,東京・大阪.
朝比奈泰彦.1950.日本之地衣第一冊ハナゴケ属.廣川書店,東京.
飯柴永吉.1929.日本産蘚類総説.西ケ原刊行会,東京.
飯柴永吉.1930.日本苔類総説.植物学同志会, 仙台市.
岩月善之助.1972.蘚綱.岩月・水谷:原色日本蘚苔類図鑑.pp. 29–265.保育社,大阪.
大村嘉人・田留健介・宮澤研人.2023.地衣類および地衣生菌の新和名Ⅰ.ライケン22: 25–30.
桜井久一.1954.日本の蘚類.岩波書店, 東京.
佐藤正己.1939.東亜ノ地衣類(其一).植物研究雑誌15: 572–578.
鈴木兵二.1960.ショクダイゴケ(新称)日本にも産す.ヒコビア2: 31.
高木典雄.1954.日本産蘚類植物報告(7). 植物研究雑誌29: 35–40.
日本藻類学会藻類和名ワーキンググループ.2018.藻類における和名の提唱と使用に関するガイドライン案について.藻類66: 130–133.
安田篤.1911.植物学各論隠花部.博文館,東京.
安田篤.1925.日本産地衣類図説.斎藤報恩会学術研究総務部,仙台.
吉村庸.1964.秩父両神山における露出岩上の地衣群落.秩父自然科学博物館研究報告 12: 57–63, pl. 6.
吉村庸.1982.地衣と蘚の和名の同題となったショクダイゴケについて.日本蘚苔類学会会報3: 77.

戻る

©地衣類研究会 Lichenological Society of Japan