地衣類の教材化(1)ウメノキゴケでリトマス試験紙を作る 高萩 敏和 [ライケン10(3): 39-40, 1997]

小・中・高の理科教育の中で,地衣類はほとんど取り扱われていない.環境教育のなかで環境指標の一例としてウメノキゴケが取り上げられている程度であ る.郊外に行けば樹皮や石に着生した地衣をどこでも見ることができるが,教えられていないために気がつかないのである.そこで子供たちに地衣類を身近な生 物であり,私たちの生活と関わりがあることを教えるための教材を試作した(鳥本1987,高萩1996).
第1回目として,「リトマス試験紙づくり」を教材とした.リトマス試験紙は小・中学校の理科実験で,溶液の酸性・アルカリ性を調べるのによく使われているが,リトマス色素が地衣頚のリトマスゴケ(Roccella属)から得られることは,あまり知られていない.昔はリトマスゴケに糞尿,石灰,炭酸カリなどを加えて発酵させて作ったと書かれているが,その後リトマスゴケに,アンモニアと過酸化水素水を加える方法で発色させている.
リトマスに含まれる成分は,古くから研究され,そのなかのオルシン(5-メチルレゾシン)がアンモニアの存在で空気酸化されると,リトマス色素の主体をなす各種の色素ができることが分かった.リトマスは主として次の三つの骨格をもつ色素が含まれている(図1).
また酸・アルカリでの変色の機構は次のようになっている(図2).酸性水溶液ではプロトンが窒素原子に配位し,陽イオンとなって赤色に変化する.アルカリ性水溶液中では,プロトンを失って陰イオンになり青紫色に変化する.

図1.リトマスに含まれる色素. 図2.酸・アルカリにおけるリトマスの変色機構.

ウメノキゴケの色素も,このリトマス色素と同じ骨格をもっており,酸・アルカリで変色する.このためリトマスと同じように酸・アルカリの指示薬として用いることができる.以下,リトマス試験紙の作り方を紹介する.

方 法
1. 色素をつくる(発酵法)(黒川1970,寺村1988)
①ウメノキゴケをよく乾燥させた後,ごみ・樹皮・小石・砂などを取り除き,細かく刻む.
②細かく刻んだウメノキゴケ10gを瓶に入れ,3%のアンモニア水10mlと3%の過酸化水素水10ml(市販のオキシドールなら5ml)を混ぜ,蓋をして暗所に室温で保存する.(アルミホイルで包んでもよい)(図3)
③一日に2、3回よくかき混ぜ発酵させる.三日目ぐらいから色がつきはじめ,十日目ぐらいから濃厚な赤紫色になる.


図3.刻んだウメノキゴケと実験に使った薬品.

2.リトマス試験紙をつくる.(藤井1994)
①色素液を水で適当に薄め濾紙をその中に浸し,室内につり下げて乾燥させる.
②濾紙を1%水酸化ナトリウム水溶液に浸しアルカリ性にした後,自然乾燥させると青色試験紙ができる.
③青色試験紙を1~2%酢酸水溶液に浸し酸性にした後,自然乾燥させると赤色試験紙できる.(1の濾紙からいきなり酢酸水溶液入れ赤色試験紙をつくると,濃く染色されない.)
④適当な大きさに切り使う.
*市販のリトマス試験紙に比べてやや色は薄いが,色の変化ははっきり分かり,リトマス試験紙として十分使える.(図4)

図4.ウメノキゴケで作ったリトマス試験紙.

*未使用のリトマス試験紙は自然放置すると退色していくので,ビニール袋などに入れて保管する.

中学校での選択理科の授業でこの実験を行えば,生徒は今まで使っていたリトマス試験紙と同じように色が変わることに感動するだろう.また地衣類を身近に 感じるのではないか.さらに上記の酸・アルカリでの変色の機構を理解させることにより,酸・アルカリの学習において,ただ試験紙の色の変化という現象面を みるだけでなく,そのなかでの実際の化学変化に目を向けさせることができ,科学的探究心を育てる一つのきっかけとなると考える.

引用文献
黒川 逍 1970.地衣染め.自然科学と博物館37:14-18.
寺村祐子 1988.“ウールの植物染色”:創元社.
鳥本 昇 1987.リトマス考,大阪と科学教育1:43-46.
高萩敏和 1996.地衣類の生育に及ぼす環境要因およびその教材化.兵庫教育大学.修士論文.
藤井一枝 1994.ウメノキゴケ色素の生成とその利用.平成6年度日本理科教育学会近畿支部大会要項:76-79.