久保 浄(2022) ライケン22: 9-11.
現在の生態系では,新しい火山島のようなむき出しの岩の表面には,まず地衣類が生えて風化を促進して土壌を生成し,蘚苔類などの陸上植物が定着できる環境を提供するという話がある.しかし,これは進化の過程を反映しているのではなく,地衣類の起源は陸上植物の起源よりも新しいという研究もある(Nelsen et al. 2020).
地衣共生という生き方は地球生命の歴史上いつ頃からあったのか?調べていくと,多くの矛盾した情報があり,研究者の間で必ずしも一致した意見があるわけではない(あるいは,研究が進むにしたがって変遷している)ように思われた.そこで,このあたりの問題をまとめてレビューしている表題の文献(Lücking and Nelsen 2018)を読んでみた.自分なりの理解を整理したいと思い,以下にまとめた.
「最古の地衣類」に関する著者らの主張
・現生の地衣共生菌の分子年代推定からは,祖先となる地衣類の系統は石炭紀(約3億6千万年前~約3億年前)より以前には現れていない.
・構造的に地衣類と言える最古の化石(Chlorolichenomycites salopensisとCyanolichenomycites devonicus)はデボン紀(約4億2千万年前)のもので,子嚢菌門チャワンタケ亜門(Ascomycota, Pezizomycotina)の系統に属すると考えられる.しかし,これらの子孫は絶滅したと考えられる.それ以前にも絶滅した系統の菌類と藻類との共生があったかもしれない.
・原核生物の放線菌とシアノバクテリアの間に地衣類のような関係が存在した可能性は原生代初期にまで遡る.
現生に関連している地衣共生菌の祖先のみを考えれば「維管束植物よりも新しい」が,地衣共生あるいはそれに類似した別系統の菌類あるいは糸状菌のような菌糸状の原核生物と藻類(シアノバクテリアを含む)の間の共生は,それよりもはるかに古くから存在した可能性がある,と著者らは結論づけていた.
地衣類は地球史上の生物上陸の開拓者なのか(protolichens仮説について)
陸上植物の発生以前に藻類との共生の中で進化した真菌類があり,これを祖先として子嚢菌門の多くの系統が生まれたとの仮説(protolichens仮説)があり,Galloway (2008)などで肯定的に紹介されている.これについて今回の論文での見解は以下の通りである.
・子嚢菌の多様化以前にすでに陸上植物が存在していたことなど,この仮説は多くの証拠と矛盾する.しかし,現在までに絶滅している地衣共生菌の別の系統があったことは否定できない.
・陸上植物以前にシアノバクテリアや真核藻類と菌類(あるいは真菌類に似た細菌)が何らかの関係を持って生きていたと考えられ,地球史上で最初に陸に上がり,土壌を形成してその後の植物の上陸に貢献したのかもしれない.しかし,化石としては残りにくいので確証を得るのは難しい.
つまり,現生の子嚢菌の祖先が地衣化していた菌であったことは否定するが,地衣類的なものが古くからいたことは否定できないとのことであった.これに関連して,Beraldi-Campesi and Retallack (2016)では,陸上植物出現の遥か前にも,陸上に生物活動があり土壌が形成されていたと紹介されている.
化石を地衣類と判定する基準
広く受け入れられている「地衣類」の定義は,「菌類と藻類が細胞外で安定した自立的な関係を構築しているもの」である(Hawksworth 1988).パートナーとなる藻類にはシアノバクテリア,緑藻,褐藻など多様な分類群が知られている.一方,菌類側は真菌類という条件があるが,系統に関係なく化石で菌糸状のものを「地衣類様lichen-like」とされることもある.なお,化石資料から真菌かどうか判定することは困難な場合が多い.本論文では,化石を地衣類と判定する基準として以下の3つを採用している.
・菌糸と認識できる要素が存在すること.
・単細胞または糸状の微細藻類の形状を持つ要素が存在すること.
・安定した細胞外共生を示唆する形で両要素が空間的に配置されていること.
これらの基準で,化石資料の再評価を行い「容認」,「不明」,「否定」の判定をしている.
これまでに最古の地衣類化石としてしばしば話題になったWinfrenatia reticulata (Taylor et al. 1995, 1997) は「不明」とされた.これは菌糸とみなされていたものの一部が,Karatygin et al. (2009)の再調査では糸状のシアノバクテリアであるとされたためである.しかし,それ以外にも菌糸と思われるものがあり,地衣類の可能性も残されているが,シアノバクテリアに寄生か腐生で存在している菌ではないかと推察している.
先カンブリア時代末期に発見されているエディアカラ生物群の化石にも地衣類説があったが,多様な生物(動物,植物,菌類,バクテリア等)の集合体である可能性が高く「否定」となっている.
分子時計による年代の推定
子嚢菌と担子菌の分岐が6億3千万年前と推定されており,陸上植物(ステムグループ約6億2千万年前,クラウングループ約5億5千万年前)よりも早いが,現生の子嚢菌に属する地衣共生菌の系統(チャワンタケ亜門,クラウングループ約3億5千万年前)は維管束植物(クラウングループ約5億3千万年前)よりも新しい.現生の担子菌に属する地衣共生菌の系統(ハラタケ目,ステムグループ約1億3千万年前)は遙かに新しい.以上より,「現生の地衣共生菌の系統は石炭紀の約3億6千万年前より前には現れていない」と著者らは推定した.
Aspergillus, Penicilliumの祖先は地衣化菌ではない
「Aspergillus(コウジカビを含む)と Penicillium(アオカビ)の祖先が地衣共生菌であった」という分子系統解析の論文(Lutzoni et al. 2001)がかつて注目された.しかし,より正確な解析ではそれらの祖先は地衣共生菌ではなく,解析の間違いの主な原因がシングル・コンタミネーションによるものと説明された.
進化の過程での地衣化の獲得と喪失
・分子系統解析により「地衣化」は,進化の過程で子嚢菌門と担子菌門で何度も(21–31回)独立に起きた.
・一方,チャシブゴケ菌綱のピンタケ目では地衣化菌がメジャーであるが,多くの非地衣化菌も見つかっている.このうちスティクティス科のほとんどは植物上で腐生または寄生性の生活をしており,同一種内でも環境によって地衣化か非地衣化を選択することもある.腐生菌のマダラゴケ属Agyriumなどのピンタケ亜綱のいくつかの小さな系統でも非地衣化菌がある.
従って,地衣類には一括りにはできない様々な形態や共生の仕方があり,中間的なものもたくさんあって当然と思われる.
本論文を読んだその他の感想
分子時計の研究の結果として,地衣化菌の様々な系統の起源や多様化がどの地質年代で起きたか概略が記述されているが,さらに詳しく,地衣類の多様化を気候の変化や基物となる陸上植物の多様化と関係づけて考察するとどうなるのだろう.例えば,基物となる植物の多様化に伴って樹皮に着生する地衣類が多様化したというような話はあるだろう.
子嚢菌と担子菌では地衣共生の進化の様子がかなり違っているらしい.地衣化した担子菌の系統は限られていて,地衣化した年代もかなり新しいようである.さらに,シアノバクテリアと地衣共生する担子菌は単系統であるという情報がある(Nelsen 2021).また,ケカビ門に属するGeosiphonはシアノバクテリアと細胞内共生しているとのこと.その他にも,アーバスキュラー菌根菌は単系統だが外生菌根菌は多系統群であること(大園2018)などなど,光合成生物との共生の仕方と菌類の系統には何か面白い関係がありそうだと思う.
引用文献
Beraldi-Campesi, H. and Retallack, G. J. 2016. In: Weber, B. et al. (eds.), Biological Soil Crusts: An Organizing Principle in Drylands. Springer International Publishing, Cham, Switzerland, pp. 37–54.
Galloway, D. J. 2008. In: Nash, T. H. III (ed.), Lichen Biology 2nd edition. Cambridge University Press, Cambridge. pp. 315–335.
Hawksworth, D. L. 1988. Bot. J. Linn. Soc. 96: 3–20.
Karatygin, I. V. et al. 2009. Paleontol. J. 2009: 100–106.
Lücking R. and Nelsen, M. P. 2018. In: Krings, M. et al. (eds.) Transformative Paleobotany. pp. 551–590. Academic Press, London.
Lutzoni, F. et al. 2001. Nature 411: 937–940.
Nelsen, M. P. 2021. Mol. Ecol. 30: 1751–1754.
Nelsen, M. P. et al. 2020. Geobiology 18: 3–13.
Taylor, T. N. et al. 1995. Nature 378(6554): 244.
Taylor, T. N. et al. 1997. Am. J. Bot. 84: 992–1004.
大園享司2018.基礎から学べる菌類生態学.共立出版.
©地衣類研究会 Lichenological Society of Japan