携帯電話で地衣類撮影

大村嘉人・樋口満里 [ライケン 15(1): 4-6, 2007]

携帯電話の進化は目覚ましい.カメラ付き,TV付き,コンピューター付き,お財布ケータイ…と,もはや携帯電話は完全に“移動電話”以上の存在となって いる.携帯電話のデジタルカメラの性能についてであるが,今ではほとんどの機種で100万画素以上が当たり前であり,中には光学3倍ズーム,500万画 素,カールツァイス製レンズ搭載という機種も登場しているほどである.「数年前に大金をはたいて購入した我が家のデジカメが,悲しいかな,携帯電話に性能 を超されてしまったよ…」という声もしばしば聞かれるようになった.

このような携帯電話のデジカメ(以後,携帯カメラ)の性能向上については,頭では理解しているものの,長年カメラと付き合ってきて下手なりにもそれなり に写真にこだわっている私(大村)にしてみれば,「携帯カメラなんて所詮はメモ程度の撮影用」であり,「カメラを持っていないときに仕方なく使うスナップ 写真用の非常道具」くらいにしか思っていなかったのである.ましてや携帯カメラで地衣類を撮ろうという発想は全く起こるはずもなかった.

何はともあれ,まずは図1をご覧頂きたい.これが携帯カメラで撮影した地衣類だと聞けば,「えっっっ!!」と 驚かずにはいられない.「試しにルーペを当てて撮ってみたら,うまくいったので…」と樋口さん.後日,私も自分の携帯カメラ(130万画 素;Vodafone 703SH)で同じようにして撮ってみたら意外にきれいに写ることが判明した.例えば,ウメノキゴケの裂芽を識別できるぐらいには撮影が可能であった(図 2).ちなみに樋口さんの携帯カメラは320万画素(Vodafone V604SH)であるが,図1は低解像度モードで撮ったものなので,最高画質で撮ればさらに写真を拡大させることも可能であろう.

図1.樋口法で撮影した携帯カメラによる地衣類.Vodafone V604SH + Carl Zeiss製ルーペ(8倍)で撮影.
A.マツゲゴケParmotrema clavuliferum (Räsänen) Streimann,「樋口さんのコメント:ボンボンみたいな粉芽が縁飾りのように付いていて綺麗だった」. B.デイジーゴケPlacopsis cribellans (Nyl.) Räsänen,「知らない星の表面を,ルーペではなく望遠鏡で観察したような錯覚に陥る」.
C.タカネヘリトリゴケPorpidia macrocarpa (DC) Hertel & A.J.Schwab?【同定:井上正鉄博士(秋田大学)】,「地衣体の淡いグレーと子器の黒い色のコントラストがとても綺麗」. D.カムリゴケPilophorus clavatus Th.Fr.,「ルーペを覗いたら…,そこは海の底を見ている様な不思議な世界が広がっていました」.
図2.ウメノキゴケParmotrema tinctorum (Nyl.) Haleの裂芽.Vodafone 703SH + Carl Zeiss製ルーペD36(9倍)で撮影.100万画素クラスの携帯カメラでもこんなによく写る.

図3.樋口法による地衣類撮影手順.携帯電話のカメラのレンズ部(A)にルーペを当てる(B).ルーペを固定し,腕や手をしっかりと安定させる(C).ピントを合わせて・・・
「はい,地衣ーズ!!」

今や一人に一台が携帯電話を持っている時代である.それらの機種のほとんどがカメラ付きであろう.従って,あとはルーペさえあれば簡単に地衣類の接写を 楽しむことができてしまう.その上,撮った写真は現地からメールで直ちに送信可能である.携帯カメラに使うルーペは,通常の地衣類観察で使うルーペで良い だろう.ちなみに樋口さんはCarl Zeiss製の8倍ルーペを使用している.私は同社製のD36(9倍)を使ってみたが,通常の観察時と同様に,周辺部の画像の流れが少なく全体的にもきれ いに写った【大村(2002)参照】.

この樋口式地衣類撮影法(樋口法)について図3に手順を示したので,参考にされたい.この方法で上手く撮るためのポイントは,一般のカメラ撮影と 同じく,手ぶれが起きないように腕や手を安定した場所に固定しておくことである.実は,樋口さんの携帯カメラには「オートフォーカス機能」が搭載されてい る.腕を固定してアングルを決めてから対象へのピント合わせができるし,野外では画面を確認しづらいときもあるので,この機能が付いていればとても便利で ある.

こんなに楽しい方法なので,「特許ものだね!」という声もあったのだが,調べてみたら携帯電話用の接写レンズというものが既に販売されているので,それ はちょっと難しいかもしれない.市販品には「ケンコー カメラ付き携帯電話用おもしろレンズ携帯ストラップ(寄って寄って撮れる)MPL-PX(倍率2倍) (税込924円)」や「トダ精光 カメラ付携帯電話用マグネット式コンバージョンレンズ接写4倍 K-400(税込み2,480円)」などがある.しかし,粉芽や裂芽などの地衣類の不思議な形や固着地衣類を写すためには,やはり10倍程度のルーペと同 等のレンズが必要であろう.

「地衣類は形や色が面白いので,ルーペで覗くのが楽しみです」と言っていた樋口さんだが,そんな素朴な感動を収めた新作が今でも続々と送られてきている.誌面の都合で全てを紹介することができないので,本会のホームページ「地衣類自慢の写真集」や今後のライケンなどで,樋口さんの地衣類ケータイ写真にお目見えできることだろう.

「接写できるカメラを持っていないから,地衣類の写真は撮らなくてもいいや」と思っていた皆さん,早速携帯電話とルーペを持って地衣類観察へ出かけましょう!

【引用文献】
大村嘉人.2002.地衣類観察におけるルーペについて.ライケン13: 4-5.