地衣類観察におけるルーペについて 大村嘉人 [ライケン13(1): 4-5, 2002]

地衣類について誰でも簡単に楽しめるのは,なんと言っても地衣類の姿そのものでしょう.色々な地衣類の姿を調べるためには,10倍程度のルーペを最低限 用意しておくのが良いとよく解説書に書かれています.10倍程度のルーペというと,宝石鑑定用のものがよく出回っています.地衣類観察に慣れてきたら今ま で持っていたルーペよりも性能の良いものを持ちたくなるもの.ところが宝石鑑定用の高級ルーペは,確かに像の色収差や歪みも少なく分解も高いので画像は鮮 明なのですが,レンズ口径が小さいために視野が狭くて暗いという問題が生じます.また,合わせレンズで作られているルーペは,雨の日に野外で使っていると レンズが曇って役に立たなくなることがあります.全ての合わせレンズのルーペがそうではないと思いますが,私がこれまで使ったのはどうも具合が良くありま せんでした.

 図1. ZEISSポケットルーペ(D36).

ZEISSのポケットルーペ D36(図1)は,倍率が9倍(2枚併用時,単レンズでは3倍,6倍)ですが,レンズ口径が直径22 mmと大きいために,広くて明るい視野が得られます.また,2つのレンズがそれぞれ独立しているために,レンズが曇ったら各々を拭けばいいので,レンズ曇 りに悩まされることもありません.かの有名なZEISSのレンズなので像はもちろん鮮明です.レンズ周辺の像の流れが気にならずピントを合わせやすいと思 います.値段は少々高いのですが,それだけの価値はあります(定価14,000円).フロラ調査などでは短時間で種類を見分けて採集をしていかなければな らないので,これくらい機動力のあるルーペはなかなかの威力を発揮します. 野外でじっくりと地衣類を観察したいときには,もう少し倍率の高いルーペが欲しくなるかもしれません.ところが倍率が高くなるということは,レンズが ボール状になるか,貼り合わせのレンズになり,いくつかの問題が生じるということを承知しておかなければなりません.ボール状のレンズの有効な部分は頂点 付近だけであり,周辺部の像は激しく流れます.また,複数レンズを組み合わせた場合,色収差を補正することに効果はあっても,周辺の像が流れるのは同様で す.つまり,高倍率ということだけで判断してルーペを購入すると,思い通りに見えなくて苦労することになるかもしれません.野外観察で用いるルーペはせい ぜい15倍ぐらいまでにしておき,詳細観察は持ち帰って実体顕微鏡下でじっくりと行うのが良いでしょう.結局のところルーペの倍率は,やはり10倍前後ぐ らいがちょうどいいようです.詳細観察のための安くて手軽に使える実体顕微鏡としては,Nikonのファーブルミニ(20倍,定価\36,000)がお薦 めです.ファーブルミニは室内での使用はもちろん,野外ではさらにその実力を発揮します.もともと携行することを目的として作られており,防水機能も備え ているので雨が降っても安心です.


図2. ルーペの使い方.a. ルーペを眼の近くに固定.眼への負担を少なくするために両眼を開けて観察する.b. 対象物に顔を近づけてピントを合わせる.c. 手相鑑定士のように見るとルーペの性能が発揮されない.

さて,せっかくルーペの話題になったのでこの場をお借りしてルーペの使い方について触れたいと思います.正しいルーペの使い方というのは,すなわち① ルーペのレンズ性能が最も発揮されることと,②長時間観察しても負担にならない,という二点が重要になってくるでしょう.先ほども述べたように,ほとんど のルーペはピントがその頂点付近でしか合わないような構造になっています(トリプレットという3枚群のレンズではこの問題が補正されます).初心者の方に は,まるで町角の手相鑑定士が手相を見るようにしてルーペを扱っている姿を時折見かけます(図2c).この方法で見えないわけではないのですが,これでは レンズ周辺の像が流れて,非常に狭い視野で観察することになってしまうので正しい使い方とは言えません.また,レンズから距離が離れる分,眼に届く像の光 量も少なくなり詳細な部分の観察ができなくなります.適切な視野を得てレンズの性能を活かすためには,眼のそばにルーペを固定し,対象物に顔を近づけるこ とによってピントを合わせて観察しましょう(図2a,2b).次に,眼に負担のかからないようにする観察方法についてですが,これは両眼を開けて対象物を 観察すれば大丈夫です(図2a).私も昔は片眼を閉じてルーペをのぞいていたのですが,それを見たスウェーデンのヨーラン・トール博士から,”Tell the message to the brain!”と言われ,両眼を開けて見るように教えられました.両眼を開けていても意識すれば何ら問題なく観察できますし,確かにこの方が眼への負担が ずっと少なくなります.慣れないうちは若干違和感を感じるかもしれませんが,すぐに慣れます.以上の二点に気をつけてルーペを使用するのが「正しい見方」 というわけです. 今回紹介したZEISSルーペは光学機器取扱店で購入できると思います.東京都文京区本郷にある浜野顕微鏡ではルーペにヒモが通せるように加工を施して くれています(図1).もし取扱っているお店が近くにないときにはインターネットの通信販売等を利用すると良いでしょう.