ユオウゴケの和名について 大村嘉人【ライケン13(2): 8-9, 2002】

A. 生態写真. B. 生育場所(ユオウゴケはこのような噴気口周辺によく見られる).
図1.ユオウゴケ(Cladonia vulcani Savicz).

Cladonia vulcani Saviczは,噴気口周辺など硫黄含量が多い場所に生育する種として知られている。黄緑色の子柄に朱色の子器をつけて,見た目にもなかなかきれいな地衣類である(図1)。

本種の和名であるが,保育社の地衣植物図鑑(吉村1974)を見ると“ユオウゴケ”という名前が与えられている。解説には『硫黄泉地帯の地上によく生え ることから,“ユオウゴケ”と呼ばれる』とある。さてここで,硫黄地帯に生えるのに,なぜ“イオウゴケ”ではなくて“ユオウゴケ”と書いてあるのか,特に 若い世代の方は疑問に思うのではないだろうか。

日本で最初に本種が認識されたのは,朝比奈泰彦博士が1939年にCladonia theiophila Asahinaとして植物研究雑誌に新種記載されたときからである(Asahina 1939) [※ 現在では,C. theiophilaはAhti(1974)によってC. vulcaniのシノニムにされている]。その後,日本之地衣ハナゴケ編(朝比奈1950)で本種の和名として“イオウゴケ(硫黄苔)”が紹介された。やはり,“硫黄苔”で良かったのである。ではユオウゴケのユオウとは何なのであろうか?

硫黄は常用漢字付表ではイオウと書かれているので,学校で教わるのはイオウという読み方である。しかし,国語辞典を引けばユオウという読み方も広く使わ れていることが分かる。考えてみれば“硫黄”は熟字訓(いわゆる当て字)であり“イオウ”というのは特殊な読み方であると言えよう。イオウの語源を日本国 語大辞典(小学館)で調べてみると,溶けて流れやすい黄色い鉱物という意味でその名が付けられているというものと,湯泡(ユアワ)が変化したものであると いう2つの説があるらしいということが分かった。つまり,硫の字音「ル」を日本化して「ユ」と発音して,「ルオウ」→「ユオウ」→「イオウ」と音韻変化し ていったのか,湯泡「ユアワ」→「ユワウ」→「ユオウ」→「イオウ」と変化したかというものである。「ユ」が「イ」に変わるのは京阪神地方で非常に多く, 例えばユガム(歪む)がイガムになったり,ユク(行く)がイクとなったりするなど珍しいことではなく,現在でもこれらの言葉が混在して使われているのはご 周知の通りであろう。

ユオウゴケとして図鑑に出版された吉村庸先生に直接お尋ねしたところ,子どもの頃からずっと硫黄のことはユオウと言ってきたので,ユオウゴケと書かれたとのことであった。

イオウゴケという和名の方が先に出版されているものであるし,むしろ若い世代には馴染みのある読み方なので,こちらを用いる方が適当かもしれない。しか し,“硫黄”の読み方のルーツが分かればユオウゴケと表記するのも味わい深いものがある。古きをたずねて新しきを知る。日本の国語文化を和名を通して知る ことができるというのもなかなか風情があって良いではないか。

日本で初期に出版された地衣類の図鑑(安田1925,朝比奈1939)の頃と比べると地衣植物図鑑(吉村1973)では和名が変化しているものもある。 サルヲガセがサルオガセに変わったり,イハタケがイワタケに変わったりしているのは,日本語の音韻変化によるものであるが,サビボシがサビイボゴケのよう に変わったものもある。さらに,地衣植物図鑑(吉村1973)以降に,分類体系の再構築に伴ってヒモウメノキゴケという既存の和名に対してテリハゴケの名 前に変更されたという種もある(Kurokawa 1994)。一つの種に対して複数の和名が存在しているというのは高等植物でもしばしばあり,珍しいことではない。言葉というのは時代とともに変化してい くものであるし,和名については国際植物命名規約のような厳密な取り決めごとがあるわけでもないので,和名は大衆に受け入れられるものを用いていけば良い のではないだろうか。

さて,イオウゴケかユオウゴケ。味わい深くユオウゴケでいきますか?

参考文献
Ahti, T. 1974.  The identity of Cladonia theiophila and C. vulcani.  Ann. Bot. Fennici, 11: 223-224.
Asahina, Y. 1939.  Japanische Arten der Cocciferae (Cladonia-Coenomyce).  J. Jpn. Bot. 15: 602-620, 663-671, pl. III-VI.Kurokawa, S. 1994.  Japanese species of Parmelia Ach. (sens. str.), Parmeliaceae (2).  J. Jpn. Bot. 69: 121-126.
朝比奈泰彦(編).1939.日本隠花植物図鑑.三省堂,東京.
朝比奈泰彦.1950.日本之地衣,第一冊ハナゴケ属.広川書店,東京.
日本大辞典刊行会(編).1979-81.日本国語大辞典-縮小版.小学館,東京.
安田篤.1925. 日本産地衣類図説.斉藤報恩会学術研究報告2:1-132.
吉村庸.1973.原色日本地衣植物図鑑.保育社,大阪.