雪茶に関する追記 黒川 逍 (ライケン10(1): 12-13, 1996)

国内で販売されている納西雪茶(左)と昆明で購入した雪茶(右)

 本誌第9巻第4号9頁に中国雲南省で売られている「雪茶=ムシゴケ」が紹介されている.雪茶についての紹介が遅れてしまったが,最初に雪茶が手元に届けられたのは1963年6月であった.雲南省昆明を訪れた富山県中央植物園の中田政司君が,幅8.5 cm,高さ14 cm,厚さ3.5 cmの紙箱に入った「雪茶」(図右)というものをおみやげとして持参したのが最初であった.本誌で紹介されたものと同じく‘XUE CHA’とローマ字で表示してあり,箱の側面には‘Thamnolia Tea’と書いて説明がある.すでに紹介されたように,中味はムシゴケThamnolia vermicularis (Sw.) Ach.だが,‘SNOW TEA’という名前はない.中国語はよくわからないので英語の説明を中心に紹 介すると「雪茶は雲南省の雪の多い山岳地帯の産物で,古代(中国語の説明によれば明代)から飲用のために宮廷への貢ぎ物とされてきた.香味に富み,わずか に苦みがあるが後味は甘い.暑気払い,肝臓の働きによく,したがって眼病によく,体液の生産を増進し,渇きを止め,精神を安定し,心臓の働きを助ける.近 代医学の証明するところによれば,雪茶は高血圧,神経衰弱,肺炎性咳に特異な医学的効果がある.」というものである.本当に明代から飲用されていたかどう か調べたことはないが,中国の古代の医薬書として有名な‘本草綱目’にはムシゴケは収録されていない.

 この雪茶と同じものが「納西雪茶」(図左)として日本でも1年余り前から販売されている.中身はやはりムシゴケだが,その説明によれば,雪茶は雲南省麗江の少数民族‘納西(ナーシー)族’自治区にある海抜5500mの玉龍山を中心とする山地で,一年のほとんどを雪に埋もれて生き抜いて いる強靭な生命力をもった植物であるとされている.効能という表現を避けながら,雪茶とほとんど同じような説明があり,健康と美容のためにお役に立てると うたってある.これは多分日本の薬事法に触れないように工夫し,最近の健康茶ブームに合わせた表現かと思われる.なお,納西雪茶には主成分として雪茶素 (デプシド酸類化合物),各種アミノ酸,各種ビタミン,各種ミネラルが含まれていることが記されている.

 ところで,雪茶という名前は中国の地衣の文献,例えば,呉金陵編(1987)「中国地衣植物図鑑 Lichen Iconography of China」や魏江春,姜玉梅著(1986)「西蔵地衣Lichens of Xizang」でも見つからない.これらの出版物では,T. vermicularisには地茶の中国名があてられ,「中国地衣植物図鑑」では太白,太石白茶,太白針が薬用名として挙げられている.これに対してトキワムシゴケT. subuliformis (Ehrh.) W.L.Culb.に は両出版物とも雪白茶があてられている.トキワムシゴケの「トキワ」が長く保存しても白色で色がかわらないことを示すのと同じように,雪白茶の「雪」は雪 白色の色が長くかわらないことを示し,和名のトキワにあたる言葉と考えられる.つまり,ムシゴケが雪に埋もれて生育していることを示しているのではない. それにしても,ムシゴケ茶では魅力的でないから,雪茶とした命名の妙には感服する.なお,「中国地衣植物図鑑」の雪地茶の項には精神安定,暑気を払い,解 毒の効果があり,神経衰弱,眼病に効くとされ,地茶にも同様の効能があるとしてある.

 健康茶ということなので,早速用法にしたがって試飲してみた.納西雪茶には「長い期間 お続けいただくほど健康美容にお役に立てると思います.」と書いてあるが,続けて飲むほど魅力的な味とはいえない.なお,ムシゴケはしばしばトキワムシゴ ケとともに生育していることが知られ,佐藤正己先生(Sato, M. 1963. Mixture ratio of the lichen genus Thamnolia. Nova Hedwigia 5: 149-155.)の全世界における両種の混生率に関する研究がある.それによれば,ヒマラヤ地域でのムシゴケとトキワムシゴケの混生率は56:44で,雪茶にもトキワムシゴケが半分近く混入していることが予想されるが,いまのところトキワムシゴケは見つからない.