標本作製法 -長期旅行編- 大村嘉人・柏谷博之・文光喜 [ライケン 11(1): 7-9, 1998].

分類学の研究に使う地衣類標本の作り方には色々な流儀があるようであるが,採集した地衣類は野外から持ち帰ったら,直ちに水洗いをして,押し葉標本を作 る要領で丁寧に作るのが言うまでもなく美しくできる(一般的な標本の作成法については黒川(1964 & 1980),柏谷・森本(1994)などを参照されたい).私がお世話になっている国立科学博物館の標本はすべてこのようにして作られて標本庫に保管され ている.しかし,海外調査のように長期間現地での生活を送らなければならないときにはそうばかりも言っていられない.なぜなら,採集後3週間以上も経った ような地衣類を水洗いして標本を作ろうとすると,たちまちカビだらけになってしまい,せっかくの採集品が台無しになってしまうことがあるからだ.採集品は なるべく早く水洗いして乾燥しておき,すぐに標本袋に入れられる状態にしておきたいものである.そこで,現地でこの作業をやってしまえば,カビの心配もい らないし,帰ってから標本作りをする時間も節約できて一石二鳥というわけである.
今回紹介する方法は,基本的にはヨーロッパの研究者が行っている方法と同じである.しかし,固着地衣類を研究している研究者の場合は,水洗いをしない人が 多いようである.大形地衣類の場合は形を整え,混生する地衣体を取り除くため必要があるため,やはりある程度水洗いしなければならない.とにかく標本袋に 収まるように形を整え,カビが生えないように乾燥させることが原則である.
海外調査の時ばかりでなく,もちろん国内での採集でも,長期,短期に関わらず応用できるので,参考にしていただければ幸いである.

<準備するもの>
・新聞紙(できれば古新聞の方が良い.新しい新聞紙ではインクが地衣体に付いて汚れたり,地衣成分と化学反応を起こしてしまうことがある.新聞紙は現地調達するが,すぐには見つからないことがあるので,あらかじめ少量持っていくと良い.)
・板(2枚以上.大きさはお好み.)
・ストラップ(登山用品店,日曜大工店などで手に入る.長めのものが良いが,足りないときは2本つなげれば良い.4本以上持っていく.標本作製以外の用途にも使えるので便利.)
・タオル,雑巾など水を吸収するもの
・キッチンペーパーまたはティッシュペーパー

<方法>
① 作業袋を作る(図1).図1-5のように折ることで地衣体を若干プレスすることにもなる.普通はこちらを用いる.しかし,土が付いていたり細かい破片が生 じやすいものは,図1-6のように内側に折った袋を使えばゴミが落ちにくい.また図1-2で新聞紙の向きを90°変えて,後は同様に折っていけば縦横比の 少ない形の袋ができる.袋の大きさもそれぞれの目的に合ったものを作れば良い.
② 水洗いをする.形が既に整っているものや,固着地衣類などについては特に洗う必要はない.形が崩れているもの,汚れたものなどについて必要に応じて行う.
③ タオルの上にキッチンペーパーまたはティッシュペーパーを敷き,この上で地衣体の水気をある程度とり作業袋へ入れる.キッチンペーパーを敷くのはタオルが 汚れないようにするためと,タオルのままでは目が粗いので小さい地衣や粉芽を付ける種類などでは作業しにくいためである.
④ 袋を板に挟んで一晩押しておく.重りになるものがないときは,ストラップが便利(図2).板の代わりに週刊誌でも代用できるが,水気を吸って週刊誌がヨレヨレになってくる.やはり板が良い.
⑤ 床などに袋が重ならないように広げて乾かす.場所によっては,温度,湿度など異なるため,乾きやすさも違ってくる.キャンプともなれば条件は非常に悪くな る.基本的に作業袋は取り替える必要はないのだが,イワノリやツメゴケなどのように水気が多くて袋がずぶぬれになってしまったものは乾いた袋に入れ替え る.また,カラタチゴケやキゴケなどの中には地衣体が硬くて一晩押しただけではなかなか形が整わない種類もある.この様なときには,さらにもう一晩強く押 しておく.様子を見ながら,地衣体の個性に合ったケアをしよう.
⑥ 乾いたらひとまず出来上がり.形が崩れないように段ボール箱などにパッキングする.
⑦ しかし,ここで安心してしまうのはまだ早い.研究室へ帰ったら直ちに標本袋へ入れ替えてラベルを貼る.この時点でようやく標本が完成する.
おまけ写真. 標本がずぶぬれになってしまったので,ファンヒーターの前で乾かしています.

引用文献
柏谷博之・森本康滋, 1994. 生物観察の手引き. 8 地衣類. pp. 112-119.
日本生物教育学会徳島県支部編.
黒川 逍, 1964. 地衣. pp. 39. 国立科学博物館.
黒川 逍, 1980. 地衣類の採集と標本の作り方(II). ライケン 4(3): 1-4.